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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)458号 判決 1960年7月14日

控訴人(被申請人) 南海バス株式会社

被控訴人(申請人) 西山武夫

主文

原判決を取消す。

和歌山地方裁判所が同庁昭和三二年(ヨ)第二九一号従業員地位保全仮処分申請事件に付同年一一月二一日なした仮処分決定を取消す。

被控訴人の仮処分申請を却下する。

訴訟費用(異議前の分を含む)は第一、二審共被控訴人の負担とする。

この判決中第二項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一項乃至第四項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、及び疎明の提出援用認否は、

被控訴代理人において「控訴人は被控訴人に対し解雇の言渡をなすに際しては、具体的な事実を示さずして、ただ反経営者的言動と述べたのみであつたが、仮処分申請事件の答弁書においては、(イ)重役間の離間の風評を流布して従業員の労働意慾を減退せしめ、(ロ)経営者を中傷して職場内に反経営者空気を醸成させ、(ハ)自らの配置転換を要求し、強迫的言辞を弄したことの三つの事実を挙げて反経営者的言動の内容を稍明かにし、その後バス欠行の事実を追加主張するに至つた。かかる解雇理由の追加が法律上許されるか否かの問題は別としても、具体的解雇事由が浮動し特定性を欠くことは、その不当性を推認せしめるものである。又その解雇理由に付ても、控訴人会社はむしろ小企業に近い運輸事業を営むのであるから、その通有的性格として企業運営の方針施策は大企業に比すべきものではなく、被控訴人自身も日の岬パーク現場監督と言うも僅かに三、四名の従業員を監督し、自身も食肉の買出し、便所掃除等の雑用も果しており、経営中枢に参与することは全くなく控訴人側も被控訴人を会社の利益代表者とは考えていなかつたことであろう。その他控訴人が解雇理由として主張するところはすべて事実ではない。又本件解雇の根拠である就業規則第三三条にいう「事業の都合によつて已むを得ないとき」とは、懲戒解雇の規定である同第四七条が極めて細目的な十四項に及ぶ具体的事由を制限列挙していることと比べると、前者は専ら会社側に存在する事由に限定されるべきものであつて、本件解雇はその解釈を誤つており、更に、控訴人は被控訴人の過去に組合活動のあつたことを嫌悪し、その労働組合が私鉄総連加入を決議した当日被控訴人が宿直しておりながら、之を報告しなかつたことを捉えて解雇の挙に出たものであつて不当労働行為であり、解雇権の濫用でもある。更に、被控訴人は控訴人会社から得る賃金を唯一の生活資料としているのであり、而も本件仮処分が発せられた後も、控訴人の任意の履行は望み得ず、差押処分によつて始めて履行を得ている実状からも仮処分の必要性のあること明である」と述べ、

控訴代理人において、「控訴会社における被控訴人の地位は専務及び常務取締役に次ぐ経営担当者たる課長であり、被控訴人に対しても、昭和二九年六月二〇日専務取締役中井保吉以下常務取締役及び各課長も列席の上部課長職務分析表を交付して十分説明したものである。又日の岬パークにおいて被控訴人の監督下にあつたものは施設運営業務及び建設業務を併せ少くとも十七名の職員が配置されていたものであり、被控訴人の担当職務は一般従業員と全く異るものであつたから、若し被控訴人がその主張のような雑用をしていたとすれば、之は同所への転任を左遷と思わしめ、被控訴人に対する同情と控訴人に対する非難を集めて控訴会社の人事運用機能を麻痺せしめようとする計画的作為である。アメリカ村日の岬パークは控訴人にとつて運賃頭打ち打解策として能う限りの資力を投じて開発して来た一枚看板とも言うべき観光施設であり、漸次規模の拡張を計つている場所である。又就業規則における一般的解雇事由の「事業の都合によつて已むを得ないとき」とあるのも、事業の廃止縮少など経営者側のみの事情に限らないのであつて、被解雇者側の非難されるべき行動により事業の運営に支障を来す場合にも、懲戒解雇といういわば極刑を避け、通常解雇を以てのぞむことはむしろ本人のための利益である。尚本件解雇は決して被控訴人の過去の組合活動を嫌悪してのものではなく、会社の利益を代表する役職にありながら、原審で主張したような会社の目的に反する行為をしたためであつて、不当労働行為でないこと勿論である」と述べた。

(疎明省略)

理由

控訴会社は従業員約九〇名を有し、自動車運送事業及び附随の観光事業を営むものであり、被控訴人は昭和二四年五月一日同会社に入社以来、自動車運転手、運輸主任、運輸課長などを経て、昭和三二年五月一三日より日の岬パーク開発事業現場監督として勤務して来たものであること、及び同年九月五日控訴会社は被控訴人に対し会社の都合により解雇する旨言渡したことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第五号証に依れば、控訴会社就業規則第三三条二号に、いわゆる一般解雇事由として「事業の都合によつて已むを得ないとき」との規定があることが認められ、被控訴人に対する解雇はこの条項に基いてなされたことも当事者間に争がない。而して右現場監督としての被控訴人の職務内容に付ては成立に争のない甲第一号証、同第九号証、乙第三十四号証に原審証人熊代景雄の証言に依り成立を認められる乙第五号証、原審及び当審証人中井保吉の証言に依り成立を認められる乙第二号証の一、二、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第十二号証の一乃至三に原審証人中井保吉の証言を綜合すると、被控訴人が日の岬パーク現場監督の職務担当を命ぜられる際は、運輸課長は免ぜられたが課長の地位を保留されており、社長に代り右施設の運営に従事する全人員を指揮監督すべき地位にあつたことの疎明があり、従業員三、四名と共に被控訴人自身も雑用に当るような地位のものと謂えないから、被控訴人は控訴会社の利益代表者の地位にあつたものと見なければならない。

被控訴人は右解雇は不当で前示就業規則の解雇事由に該当せぬと主張するので、以下控訴人の主張する具体的事由に基いて、解雇の効力に付考察する。

(イ)  従業員、前田敏二、佐々木英三郎、河合サヨ等に対する被控訴人の言動

原審証人谷中庄兵衛の証言により成立を認められる乙第三号証の一、同じく前田敏二の証言に依り成立を認められる乙第四号証、原審における控訴会社代表者高垣徹太郎本人の供述に依り成立を認められる乙第六号証の一、原審証人佐々木英三郎の証言に依り成立を認められる乙第十五号証、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第三号証の二、第十六号証、及び、原審証人前田敏二、佐々木英三郎、中井保吉、当審証人中井保吉、谷中庄兵衛、前田敏二の各証言並に原審及び当審における控訴会社代表者高垣徹太郎本人の供述を綜合すると、被控訴人が右現場監督在任中従業員前田敏二に対しては、高垣社長が同人に金銭的疑惑を持つており、解雇のおそれのあること、社長と専務常務間に離反の徴候があり、社長も近く退任の見込であること等従業員の会社代表者に対する信頼感を失わしめ、その勤労意欲を減退せしめるような無根の事実を告げたこと及び従業員佐々木英三郎、河合サヨに対しても、社長の言うことは何時変るか判らない旨代表者に対する不信の念を抱かせる言葉を述べたことの疎明があり、原審及び当審における被控訴人本人の供述並に、甲第十号証の一、二、第十一、十二号証、第十四号証の一乃至七に依つても右の疎明を左右するに足りない。

(ロ)  寒川線バス欠行、と空車運転及び私用運転

原審証人熊代景雄、当審証人高垣喜四郎、上芝友治、熊代景雄、(第一、二回)の各証言並に、当審証人高垣喜四郎の証言に依り成立を認められる乙第十七号証の一、原審証人熊代景雄の証言に依り成立を認められる同号証の二、当審証人上芝友治の証言に依り成立を認められる乙第十八号証、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第二十八号証に、成立に争のない乙第三十号証の一乃至五、第三十二号証の一、二、第三十三号証の一乃至十七、第三十五号証の一、二、第三十六号証の一乃至十四を綜合すると、被控訴人が運輸課長在勤中の昭和三二年五月九日、運転手高垣喜四郎をして組合大会に出席のため車の故障を口実に定期バスを欠行せしめ、又同日運転手上芝友治をして同じく大会出席のため川原河御坊間(運転時間一時間四〇分)を空車運転せしめたことの疎明があり(酒井俊次をしてバスを私用運転せしめたことの疎明はない)、当審証人塩路信吉、小南仙吉、北野与三郎、三田和夫、の各証言並に原審及び当審における被控訴人本人の供述、甲第二十三、二十四号証、第二十八乃至第三十四号証、第三十九乃至第四十六号証、によつても前示疎明を左右するに足りない。

(ハ)  控訴会社に対する強迫的言辞

原審証人中井保吉当審証人中井保吉、谷中庄兵衛の各証言並に原審及び当審における控訴会社代表者高垣徹太郎本人の供述に、前顕乙第二号証の一、二、及び右証人谷中庄兵衛の証言に依り成立を認められる乙第一号証、右高垣徹太郎本人の供述に依り成立を認められる乙第六号証の二、第七号証の一を綜合すると、被控訴人が控訴会社の前重役谷中庄兵衛を通じ、控訴会社代表者高垣徹太郎に対し自己の配置転換を要求し、若し容れられないときは、会社と戦うこと、及びその場合は自分も傷つくが会社も相当な損害を受ける旨の強迫的言辞を弄したことに付一応の疎明があり、当審における被控訴人本人の供述、及び甲第二号証の一乃至四、第三号証の一乃至六、第二十五、六号証によつても、以上の疎明を左右するに足りない。

以上に認定した被控訴人の言動を綜合し、之を先に認定した被控訴人の職務内容と比較して考察すると控訴会社の利益代表者の地位に在るものとして、不適当との批判を免れない行動があつたことの疎明は十分と認められる。而して控訴会社の就業規則第三三条第二号に「事業の都合によつて已むを得ないとき」とあるのは、必ずしも被控訴人の主張するような事業の縮少等会社経営上客観的にやむを得ない場合のみを指称するものではなく、従業員の言動が職場の規律、秩序維持の点から見て企業の円滑な運営を妨げ、能率の阻害を来たし、解雇をすることが社会通念上首肯せられる場合もこれに包含して解釈するを相当とし、尚、解雇の効力を判断するに付ては、必ずしも使用者側が解雇の言渡をなす際に現実に挙げた具体的事実の範囲に限定されることなく、右解雇通告の為されるまでの諸般の状況を事後において綜合した上で、解雇理由に該当する事由の有無を判定し得るものと解すべきである。而して叙上認定の被控訴人の言動は、かような意味において、「事業の都合によつて已むを得ないとき」に該当するものと謂うことができる。

尚被控訴人の不当労働行為の主張に付ては、甲第三号証の一乃至六、同第四乃至第八号証、第十三号証の一、二、第十八、十九号証、第二十一号証、原審証人塩路信吉、西山せつ、当審証人塩路信吉の各証言、原審及び当審における被控訴人本人の供述に依つても、本件解雇が被控訴人の過去の組合活動に基くものであることの疎明は不十分であつて、右主張は採用できず、又右解雇が権利の濫用であることも之を認めるに足りない。

結局本件解雇が無効であるとの被控訴人の主張はその疎明がないと認める外はないので、主文第二項記載の仮処分決定に対する控訴人の異議を認め、右決定を取消し、本件仮処分申請を却下すべきであり、右決定を認可した原判決は不当であつて、本件控訴は理由がある。仍て原判決を取消すべきものとし、民事訴訟法第三八六条第七五六条の二第九六条第八九条を適用し、主文のごとく判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 本井巽)

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